【第4回】スタートアップでのM&A・PMIについて
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- 2025.04.29
従前より、上場したメガベンチャーの成長戦略として、M&Aを活用していく事例は多々ありましたが、最近では未上場のスタートアップ企業でも、M&Aを活用する事例が増加しています。その背景には、スタートアップの資金調達環境が厳しい、かつ、単独での成長に限界を感じているスタートアップが増えていることも一因にあると考えられます。今回は、スタートアップをM&Aしていくうえでの、ソーシングからエグゼキューションのプロセス、その後のPMIプロセスなどについて、説明していきたいと思います。
― 1. M&Aの目的
スタートアップがM&Aを行う目的の代表例として、
1)プロダクト・サービスのラインナップ拡充
2)組織ケイパビリティの強化・獲得
などが挙げられます。特に1については最も多い理由となり、例えばマネーフォワードは、SaaSプロダクトの拡張文脈での買収だけでなく、保険代理店を買収するなど、サービス面の拡充においてもM&Aを活用しています。
2の組織ケイパビリティについては、「アクハイアリング」とも呼ばれる人材の獲得や、ネットワークやノウハウの獲得を主目的としたM&Aであり、freeeがフィリピンの開発会社を買収した事例があります。その他変わり種としては、shippio(貿易業務のクラウドサービス)が通関業のライセンス獲得を目的として老舗の通関業者の買収を行うといった事例もあります。
― 2. ソーシング
M&Aのソーシングを行っていくうえでは、以下のようなルートがあります。
① M&A仲介会社
とにかく紹介数が圧倒的に多いことにメリットがあります。また仲介会社によっては一定のフィーの支払い、もしくは、無料で、ターゲットリストの作成やコールドコールによるアプローチも行ってくれることもあるため、ソーシングの社内リソースが不足しているケースでは、有力な選択肢になります。但し、仲介手数料のコストが発生するので、その分のコスト増は留意する必要があります。
② 金融機関(銀行・証券会社)
特に銀行はスタートアップ各社と何かしらの接点を持っているケースが多いため、アプローチできる範囲が非常に広いことにメリットがあります。留意すべきポイントとしては、銀行員の方々も大変忙しく、あらゆるスタートアップから候補先を紹介して欲しいと依頼されているため、うまく進めないと後回しにされ、なかなか紹介してもらえないといった事態も発生します。
そのため、下記のような工夫をしていくことが重要となります。
1.ターゲット先はできるだけ明確に
2.定期的にコミュニケーションを取る
3.M&Aの実現可能性が高いと印象付ける
こういった工夫をしていきながら、win-winの関係性を構築し、円滑なソーシングを実現する必要があります。
③ VCなどの株主
大半のVCはホームページ上で、投資先を掲載していることから、VC経由でターゲット先にアプローチすることが可能であります。最大のメリットは、VC経由で鮮度の高い情報を入手できることと、ターゲット先のライトパーソンにコンタクトすることが可能であることが挙げられます。また、M&A仲介会社などと異なり、仲介手数料のコストも発生しないため、スタートアップをM&Aするのであれば、最も有力な選択肢となります。
④ 直接アプローチ
特にスタートアップの経営者であれば、何かしらSNSなどのアカウントがあることが大半であり、SNS経由で直接連絡を取ることも考えられます。非常に効果的なやり方ではあるものの、資本政策はそもそもが極めてセンシティブなトピックであり、M&A(買収)ありきでコミュニケーションを取ると、場合によっては相手が引いてしまうこともありえるため、アプローチの仕方については十分にケアしていく必要があります。
― 3. デュー・デリジェンス(DD)
一般的なM&Aでも行われるDDプロセスとして、会計・税務DD、法務DD、ビジネスDDは当然に実施するとして、(業種やビジネスモデルによって様々ではありますが)特にスタートアップの買収においては、下記のような事項については入念に調査していく必要があります。
①システム(開発環境など)
買収後にどのような絵姿を描くかによって重要性は変わりますが、例えばSaaSプロダクトを完全に統合していくことを想定している場合には、開発言語や開発インフラなどの環境の違いが大きいと、統合プロセスが長期化する、あるいは、途中で頓挫する可能性もあります。またエンジニアの得意領域が異なることで、アクハイアリング的な人材獲得のメリットも薄まってしまう可能性があることから、どういった開発環境、エンジニアのスキルセットなのかどうかは、DDの中で詳細に確認する必要があります。
②セキュリティ
特にクラウドのプロダクトを有する企業を買収する際には、非常に重要な論点になります。情報漏洩などを起こした場合、買収した企業のみならず、買い手の企業価値の毀損にも繋がる可能性があります。実際に、カオナビが買収した企業が情報漏洩を起こしたことで、カオナビの株価が急落した事例もあります。
PマークやISMSなどの認証を取得しているかどうかをチェックするだけでなく、その他どういった安全措置を講じているのかについて、入念に確認すべきであります。
③企業カルチャー・従業員の離職状況
特にスタートアップの買収においては、有形資産ではなく、人員やノウハウなどの無形資産を買収する文脈が大半であることから、後述するPMIプロセスも見据えて、経営陣との相性や組織カルチャー、従業員の働き方などについて、各種インタビューやレファレンスチェックなども通じて、解像度を高めていく必要があります。こうした情報は、単純に相性を見極めるだけでなく、投資後も見据えて、投資ストラクチャーやインセンティブ設計などにも影響を与えてきます。
― 4. 条件交渉・ストラクチャー
スタートアップの買収においては、評価額の目線が売り主と買い主で大きく乖離するケースが少なくありません。これを解決するための手段として、「アーンアウト」(支払対価を業績等に応じて分割して支払う取引契約)を契約に盛り込むことも一案になります。今後の業績に自信のある創業者及び経営陣にとっては、アップサイドも狙えるため、ケースバイケースではありますが比較的受け入れやすいものになります。また買い手としても、経営陣のリテンションにも繋がるため、積極的に取り入れたいものと思われます。一方で、VCを中心とした他株主が多数いる場合においては、自分たちの影響力がより小さくなる可能性がある中で、業績連動型の分割支払になることを合意形成していくのは一定のハードルになることから、綿密なコミュニケーションが求められます。
ストラクチャーについては、「第3回:IPO準備と管理体制の構築、IPOストラクチャー」にも記載した通り、株式譲渡だけでなく、事業譲渡などのストラクチャーについても考慮すべきであります。通常、事業譲渡はリスクヘッジの観点では有用であるものの、手続きの煩雑さがデメリットでありますが、サイズの小さいスタートアップを買収する場合には、手続きの煩雑さがそこまで大きくないのと、特に管理体制が脆弱である場合には、コーポレートリスクを遮断する観点でも、取りうる選択肢となります。背景は分かりませんが、SmartHRは事業譲渡によりメタップスクラウドをM&Aしている事例もあります。
逆に、PMIプロセスにも密接に関連しますが、別法人にしておいた方がいいケースも考えられます。特に企業カルチャーや報酬体系が大きく異なっているようなケースにおいては、別法人として分けて経営をした方が得策である場合もあります。
― 5. PMI
最も重要かつ難易度が高いのが、PMI(Post Merger Integration)のプロセスになります。特に人材が最大の資産であるスタートアップのM&Aにおいては、経営陣や従業員のリテンションをどのように高めていくのかについては、買収ストラクチャーの検討も含めて、最重要論点と言えます。前述の通り、別法人にするのか、完全に同一法人として統合するのか、インセンティブ設計をどのように行うのか、役員派遣も含めてガバナンス体制をどのように行うのか、それ以外にも、従業員の働き方(出社メイン vs リモートメイン)などといった細かい点においても、十分に配慮していく必要があります。
PMIの一環で、企業カルチャーを無理やり合わせに行こうとする事例も散見されますが、カルチャーの統合は目的ではなくあくまでも手段であり、全ての事例においてカルチャーを合わせにいくことが最適であるとは限りません。特にスタートアップにおいては、双方ともに創業オーナーのもとで強烈なカルチャーを構築しているケースも多く、それを合わせにいくこと自体に無理があります。カルチャーに違いがあるのは当然のものとして受け入れ、人材交流などを通じて、お互いにリスペクトを持ちながら、双方のやり方を学ぶ姿勢を持つことで、PMIプロセスを円滑に進めることができます。
なお、こうしたPMIに関する各種戦略や施策については、投資前のタイミングで、できるだけ細かく双方で合意しておくことが重要になります。実際にはディールをやっている最中は、評価額や契約内容の交渉など、様々な利害関係が入り混じり、本音で会話することは難しいものではありますが、投資後の長い付き合いを考えると、このタイミングでできる限り腹を割って会話し、信頼関係を構築することが、その後の円滑な事業運営と企業価値の最大化に繋がっていきます。
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