【第4回】中期経営計画の立案とモニタリング
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- 2025.04.29
― 1. 中期経営計画(以下、中計)とは
実際の立案作業の前に多少、教科書的な確認をしたいと思います。PEファンドの投資先の場合、本質的な内容とギャップが生まれやすい一方、CFOはあくまで会社の永続的成長をリードする立場であると考えるからです。
(1) 中計の本質
世の中に中計という言葉は飛び交っていますが、中計とは何を決めるべきものなのでしょうか?会社によって中計の位置づけ・使用用途は異なるので正解はありませんが、CFOとして「本質的」に中計で決めるべきことは理解をしたうえで、自社の現在の置かれた状況で、どこに力点を置くかのイメージは持っておくことが必要です。
(2) グランドデザイン
私個人の意見となりますが、中計とは
① 単年度では変えることが難しい「事業構造」を
② 2~3年という「一定の期間」をかけて変革するための
計画だと思っています。よって新規事業立ち上げを含む「事業」および(必要であれば)「インフラ」に、「人」「物」「金」をどう投資していくかのグランドデザインが中計の本質と考えています。PL/BS/CFはそのグランドデザインを表現する「一面」でしかなく、そこでは表現できない情報(例:事業ポートフォリオ、投資の明細、人員配置等)をまとめることが重要と認識しています。
― 2. ファンド投資先における中計の位置づけ
PEファンドの投資先は、投資タイミングと投資先の決算時期にもよりますが一定の期間経過後に、「投資先主体で中期経営計画の立案・取締役会決議」が求められます。私の数少ない経験ですが、このプロセスはどのファンドでも行われました。各ファンドとも明言はしなかったですが、次のような背景があると想像しています。
(1) 投資先の計画
当然ですが実際に事業活動を行うのは投資先のマネジメントから現場になります。「ファンドの指示である」と言って放置されないよう、会社の決議機関で「正式に」決議をすることで、正式化したい狙いがあると考えられます。
(2) 目標値の引き上げ
後述する通り、ファンドは投資時に計画をいくつか持っています。ファンドとしては自らの計画を上回った数値を決議してもらえば、それだけ投資計画との比較で余裕ができます。
(3) ファンド内外報告目的
ファンドは機関投資家に対して説明責任を持っています。またグローバルファンドでは、本国のチームに対しても定期的に報告を行っています。そのため両社に「当初、自分たちが立てた計画だったが、投資先マネジメントが自ら作成して決議された」と言うためにも必要な手続きと言えます。
このようなある意味「政治的な」狙いがファンド側にあるため、ファンド主導では投資時計画(主にPLとCF)を常に意識して立案していくことになり、本質的な手続き(グランドデザインの検討)が後回しになる傾向があるのです。
また、(これは私の偏見かもしれませんが)ファンド担当者はそもそも投資先に対して「人はたいてい、保守的に計画を作ってくるもの」という考えを持っている人が過半のように思います。そのため、前回触れたような「財務数値の把握のためのプロジェクト」の延長として、外部専門家をいれて中計立案作業を行うことが多いです。
CFOはこれらの背景を理解しながら、「最終的に」グランドデザインを明確化することを目指していただきたいと思います。「最終的に」と書いたのは、本来グランドデザインの議論→計数化があるべき流れですが、ファンドとの兼ね合いで、計数の検討→グランドデザインに関係する内容の議論という流れになることが多いためです。
― 3. 立案作業の前に内容の再確認
プロジェクトに入る前に、作業領域(スコープ)と意味合いについて確認しておく必要があります。
(1) 投資時のプロジェクション
ファンドが投資する際にはいくつかのパターンでリターンの検証を行います。ファンドは下記のBase Caseを超え、Upside Caseに近づけるもしくは超過することを意識してプロジェクトに入るものとご理解ください。
① Bank Case :
銀行提出用の一番手堅いケース。このケースに基づき財務コベナンツが交渉されます。
② Base Case :
ファンドの投資委員会で達成可能なケースとして議論される数値。この数値はファンドにもよりますが、ファンド内部的には「絶対に死守すべき」数値という位置づけであることが多いと思われます。
③ Upside Case :
投資委員会で「各種施策がうまくいった場合」に達成できるケースとして議論される数値。
(2) ファンドの計画の内容
① 計数面
計数面では財務コベナンツ(例:投資制限枠やDebt service(債務返済:元本返済+利息の支払い)をFCFがどの程度カバーしているかを見るDSCR(Debt service coverage ratio))が設定されていることがほとんどですので、財務三表(PL/BS/CF)の作成は必須です。
② 施策面
また、第一回でも触れた通りファンドでは仮説ベースの「100日プラン」のそれぞれの施策効果を計数面に取り込んでいます。
中計では施策を推進し、効果を測定するために、できるだけ計測可能なKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)やKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)を設定することが求められます。
― 4. 立案の実務
実際の実務作業はどのように進むのでしょうか。当然会社の状況(例:事業側に利益まで作ることができる人材が配置されているか、そうでないか等)によって柔軟に進めることは言うまでもありませんが、ポイントは事業側(特に実行部隊)に「自分たちも参加して作った計画である」ということを体感・納得してもらうコミュニケーションをとることと考えています。
(1) 外部専門家の活用
中計策定の前に財務見える化プロジェクトで外部専門家(主に会計系コンサルティングファーム:以下ファーム)を使った場合、ほとんどの場合はそのままそのファームに、中計立案プロジェクトとして支援させることがほとんどです。
ここで注意すべき点として、次の二点があります。
① 担当者の変更
同じファーム・パートナーであっても領域が微妙に異なることから担当マネージャーが変更になる場合があります。大きなファームほどこの変更は発生しやすいように思います。この場合、前回同様担当マネージャーの力量の見極めが必要です。加えてジュニアスタッフはファーム側のルールで一定期間たつと変更になるので、同じファームであっても担当メンバーはほとんど変更になる、ということも発生します。
この場合、「過去提供したデータで得た知見、成果物の共有」と「連続性」をプロジェクト中にチェックする必要があります。
② ファームの変更
あまり発生しないことですが、ファームそのものが変更となる場合があります。ファンドが期待するパフォーマンスをあげられなかった場合や、中計でグランドデザインを決めることが本質であるため、会計系ではなくビジネス系コンサルにスイッチする場合が該当します。
この場合、過去のプロジェクトの成果物との連続性は期待できないため、実際のモニタリングを意識しながら、作業コントロールする必要があります。
(2) 対象スコープとその粒度の確認
次に策定するスコープと粒度をファンドと握る必要があります。この部分はファームの投入リソース(および報酬額)ともかかわってきますので、ファンドとともにファームと議論をしたうえで、ファームに体制・プロジェクト期間等を提案させることになります。
施策項目については、プロジェクト中に追加で設定したい項目が出てくるのがほとんどであるのですが、粒度については最初に握っておきたいところです。
ごくごく一部ですが下記に例示します。
① KPIやKGI設定の粒度
組織を単位とするのか、それともさらに細かいブランド別・店舗別とするのか
② 段階利益の粒度
売上と粗利益とするのか、それとも営業利益や償却費控除前営業利益(EBITDA)までとするのか
③ 数値の根拠
会計データより入手できる数値とするのか、基幹システムから入手できる数値とするのか、はたまた別途データを収集する必要があるのか
(3) 実際の数値の作り込み
① PL
先述した通り、事業側に「自分たちが作った計画」と思ってもらうためには、各事業担当者との間で数度のやり取りが必要となります。組織の設定にもよりますが、機能別(販売・生産・管理等の区分け)組織であれば、担当領域に関連する数値の中期目標を設定してもらうことになります。これは叩き台をCFO(含むファーム)が作った上で、事業側に提示する場合と、事業側にそもそも数値がありその数値を叩き台とする場合の両方があります。事業別組織であれば、売上から費用を含めた利益計画まで事業側と作り込むことになるでしょう。
② BSおよびCF
PLは作り込むことができても、CFまで事業側で作り込むことは難しい場合が多いと言わざるを得ません。世の中にMBA関連のファイナンスのハウツー本が出回るようになりましたが、やはりBSおよびCFはハードルが高いということもありますし、そもそも会計データが社内で公開されていない場合もあります。
逆にいえば、この領域はCFOの独壇場でありどのようにファームを使ってモデル化するかは自由に決められます。
注意しなければならないことは、ファームが万能ではないということです。こと計画を作るだけならばシンプルに過去の傾向値(主にPLの科目との関係性。例:売上回転期間)を計数化してBS科目を作り、CF化するので手間を忘ればジュニアなスタッフでも作ることができます。大抵はこの時点でファームは「作業が完了した」と考えます。
CFOは予実管理していく立場ですので、計画と実績を比較できるモデル、加えて売上見込みから将来CFを簡便的に作るモデルをファームに作らせなければなりません。これは実績反映が容易であること、係数の見直しができることを可能にしながら一定程度の精度を求めることを意味します。
こう書くと少し、尻込みする方もいらっしゃるかもしれませんが、安心して下さい。私の経験上、計画時にファンドが気にするのは「投資額の見込みがどうか」「その結果としてのキャッシュおよびネットデッドがどの程度か」「コベナンツにどの程度余力があるか」くらいで、詳細科目が議論になることはありませんでした。加えて、実績の差異分析の詳細を求められたことはありません。それだけBSおよびCFの作成は専門的、ということかもしれません。
(4) 正式化手続き
すでにご説明した通り、これら数値は施策を含めて取締役会で議論・決議される必要があります。ファンドの投資先の場合、取締役会の過半数はファンド関係者であることがほとんどですが、中には取締役会にのみ参加するパートナークラスが含まれているものです。そのため正式決議の前に次のようなステップを踏むようファンドの担当者へ確認する必要があります。
① ファンド内での事前の説明
通常ファンドの現場チームとファンドのパートナークラス(外資系の場合は本国スタッフ)との間で定期的に状況報告がされています。中計も立案当初より報告されている前提ですが、最終の決議の前に事前にインプットしてもらう必要があります。
② その際の議論・懸念点の確認
上記の説明時に、どのような議論がなされたのか、またどのような懸念点が指摘されたのかはスムーズな決議のために必要です。
③ それら議論を踏まえた対応策の検討・記述
当然ですが、上記の指摘に対して中計上、どの程度対応策を検討・記述するのかは「正式書類として保存される」資料であるため慎重に検討が必要です。
不思議に思われるかもしれませんが、この時点でファンドの担当者と会社側関係者は策定当初の「目標を引き上げたいファンド」と「一定程度実現性の高い計画としたいした会社側」との利益相反関係から、協力関係に変化します。なぜならファンドの担当者もファンドの中ではパートナークラスの部下であり、会社と一緒に作ってきた中計を認めてもらう必要があるからです。
④ 取締役会での正式決議
ここまでくればあとは決議をするのみです。執行側への事前説明は会社によって差異はあるでしょうが、社長とCFOは事前に共有をし、意見の一致をもって臨みたいものです。
― 5. モニタリング
無事、取締役会にて決議された中計ですが、中計単体でモニタリングを行うということは私の経験上ありません。中計の初年度が単年度計画の数値として、詳細実行計画と(経費を含む)予算に落とし込まれることになります。この作業中に「振り返り」「対応策の再検討」が行われることで、実質的なモニタリングがなされている、ということかと思っています。
最近、中計を毎年ローリング(一定期間の計画を毎年作成しなおす方式)する企業が多いとも言われます。確かにローリング方式には環境変化を適時に反映することができるメリットがあります。ただ、ローリング方式は単年度計画とつながることから、PLの議論が主となりがちです。また、ファンドははやければ3年、長くても5年程度でEXITをめざしています。よって時間のかかる施策は、そもそもファンドの時間軸とあいません。だからこそCFOは「本質」を意識しながら中計策定をリードしていく必要があると思うのです。
次回は予実管理、内部統制構築についてご紹介したいと思います。
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