大学卒業後、投資銀行でM&Aアドバイザリーを経験後、日系PEファンドにて投資のソーシング、エグゼキューション、その後の投資先の経営支援、ファンドレイズにも一部関与。
スタートアップのCFOに興味・関心のある読者の皆様に対して、投資銀行・PEファンド出身で、スタートアップのCFOを務めてきた筆者が経験したものを少しでも還元できるように、皆様が興味を持って頂けそうなトピックを選定し、コラムを書きました。全6回を予定していますので、宜しくお願い致します。
― 1. スタートアップCFOの主な採用ルート 一方で、ミドルやレイターステージになってくると、海外投資家も含めた大型調達をするケースが増えてくるのと、IPOに向けた準備が本格的に始まるため、CFOの採用に動き始めます。主な採用ルートは、以下の通りとなります。
①エージェント経由
スタートアップに限らず、通常の採用と同様、採用エージェントからの紹介で、スタートアップに転職するルートになります。スタートアップ企業のCFOを志すうえで、その企業のビジネスモデルや今後の成長性、業界のポジショニングなどといった要素は当然重要である一方、社長との相性や社内のカルチャー・雰囲気などといった要素も極めて重要となることから、エージェント経由でそういった情報収集を行うのは有効な手段となります。
VC各社でもCxO人材の採用プールを強化しており、例えばCoral CapitalやALL STAR SAAS FUNDなどは、彼らのキャリアサイトに登録すると、彼らの投資先から直接アプローチが来たり、スタートアップに関する各種イベントの案内があったりと、情報収集をするには有益な内容となっています。
― 3. CFOの実際の業務内容・求められる経験やスキル
●資金調達(国内外の投資家からのエクイティ及びデットによる調達)
●経営管理と(株主や金融機関向け)レポーティング
●バックオフィスの強化・IPO準備
●資本政策の立案及び実行
●事業計画・事業/組織戦略の策定・モニタリング・実行
●M&A(ソーシング~エグゼキューション~PMI)
などが挙げられ、これらに付随するスキルや経験は必須要件として求められます。
それに加えて、常に様々なリソース不足と戦うスタートアップ企業においては、「足りないものは全て自分で対応する」くらいの意気込みと業務の染み出しが行われるケースが大半であります。企業や人によって様々ではありますが、自社製品の営業を大企業向けにする人もいれば、プロダクトチームを兼務する人もいます。こういったことが起こるのは当たり前だし、むしろウェルカムくらいのマインドセットを持った人材が、スタートアップCFOとして相性が高いと言えます。
その他、企業経営を行っていくうえでは、種々雑多なトラブルに対応し続ける必要があります。特に従業員規模が数十人から数百人と大きくなっていくフェーズにおいては、組織マネジメントに割く時間も増えていくことになり、時として強い忍耐力・胆力も求められます。
最後に、これは100%必須という訳ではありませんが、英語によるコミュニケーションについては、できるに越したことはないかと思います。特に大型の資金調達やその後のIPOも見据えると、海外の投資家と直接やりとりするケースも多くなってくることから、英語でのコミュニケーションができるCFOはより重宝されます。
― 4. 心構え・マインドセット
スタートアップのCFOを目指していくうえで、これだけは心がけて欲しい、忘れないで欲しいポイントについて、一部筆者の個人的な経験に基づくものも含まれますが、いくつか紹介させて頂きたいと思います。
一般的に、スタートアップのCFOを志す方々のキャリアとしては、投資銀行、PEファンド、監査法人、FAS、(スタートアップ含めた)事業会社の経営企画などのバックグラウンドが大半であると思われます。どういったバックグラウンドであっても、それまでに培った知識や経験は十分に活かすことができますが、スタートアップのCFOとして、経営の一翼を担っていくうえでは、常にアンラーニングし学び続けながら、時としてプライドを捨て、新たなものを吸収し続けていく必要があります。
特に投資銀行やPEファンドを経験されている方々からすると、スタートアップが思っていた以上にまだまだ未成熟で、慢性的な各種リソース不足に陥っていることに、ギャップを感じられるケースも数多くあります。スタートアップのCFOを志すのであれば、「カオスを楽しむこと」「一から作り上げていくことの楽しさ」「足りないのであれば、自分で何とかする!」といったマインドを持ってやっていくことが重要になってきます。
また各種メディアでは、スタートアップによる大型の資金調達やIPOに関する記事が出ており、それだけを見ていると非常に華やかな世界に見えなくもありませんが、実際の現場は極めて泥臭く、日常茶飯事のトラブル対応、資金繰りや競争環境など、様々なストレスやプレッシャーを感じながら、日々の業務を行っています。特に2021年の年末頃からスタートアップバブルが弾けたとも言われていますが、以前にも増して、IPOによるExitのハードルは上がっています。スタートアップのCFOを志す中では、当然、金銭的なリターンも期待するところではありますが、その優先度を高くしすぎてしまうと、期待を大きく裏切られる可能性も少なくありません。そのため、そうした金銭的リターンを期待しないとまでは言いませんが、それに固執しすぎるのではなく、スタートアップで働くことの他では得難い経験や成長、新たなチャレンジを楽しむ姿勢を持ち続けて頂きたいところであると思います。
― 5. スタートアップCFOの待遇
スタートアップCFOの報酬としては、キャッシュベースの基本報酬に加えて、株式関連のインセンティブが付与されることが一般的です。
キャッシュベースの基本報酬については、企業のステージによって水準は異なりますが、アーリーに近い企業ですと1,000万円前後、ミドル・レイターの企業では1,500~2,000万円程度の水準になるケースが多くなります。筆者の個人的な感覚でいうと、2~3年前よりもスタートアップCFOの報酬水準は徐々に上がってきており、最近では2,000万円を超えるようなオファーを出すケースもあるようです。
また株式関連のインセンティブとしては、ストックオプションの付与が一般的です。2023年にストックオプションの税務上の取り扱いが明確化※されたことで、レイターのスタートアップであっても、非常に低い権利行使価額でのストックオプションの発行が可能となりました(発行体である企業サイドにおいては会計上の論点が残るため、全てのケースで万能であるとは限りません)。これにより、レイターのスタートアップに入社し、権利行使価額が高く、ストックオプションの付与個数が多いケースでは、無償ストックオプションだけだと税務メリットを取り切れないため、有償ストックオプションの付与を検討する必要がありましたが、無償ストックオプションだけで税務メリットを取れる設計も可能となっています。
ストックオプションの付与割合については、シード~アーリー期になればなるほど割合が高く(1~3%など)、レイターステージで入社した場合は0.3~0.5%程度、かなり良くて1%前後になるケースが一般的です。資金調達を行うと希薄化(dilution)が起きるため、一義的には保有割合が減ることとなります。そのため追加でストックオプションが付与されるかどうかについて、事前に確認する必要があります(もちろんパフォーマンス次第ということになるとは思いますが)。
※参考:「ストックオプションに対する課税(Q&A)」P.14以降
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/kaisei/230707/pdf/02.pdf
その他、株式関連のインセンティブとして、創業者などから生株を譲り受けるケースもあります。ストックオプションではなく、生株を譲り受けることについては、メリット・デメリットの両面がありますので、そちらも踏まえて、入社時に交渉・相談することをオススメします。
生株のメリット
●ストックオプションと異なり、権利行使期間について気にしなくて良い(特にシード・アーリーのスタートアップに入社する場合は気をつけたいところ)
●無償ストックオプションの場合、税制適格要件を満たす必要がある一方、生株の場合は特に何かの条件を満たすことなく株式譲渡益課税となるため、税務面でのケアが特段不要
●VCなどから外部調達を行っている場合、ストックオプションの発行割合が10~15%程度で制限されているケースが一般的です。それにより十分なストックオプションをCFOに付与できない場合、創業者などからの生株の譲渡により、不足分を補完することも可能(但し、株主によっては創業者の持ち分を譲渡することにネガティブな印象を持つ可能性もあるので、譲渡できる割合には限界があります)。
生株のデメリット
●株式を買うことになるので、最初に資金の持ち出しが必要
以前はストックオプションの権利行使がIPOの時にしかできないケースも多くありましたが、最近ではM&AでのExitも増加していることから、M&A Exitであってもストックオプションが行使可能であるかどうかは、必ず確認することをオススメします。
一般的に、投資銀行やPEファンドなどからスタートアップCFOに転じる場合、キャッシュベースの報酬は下がるものの、ストックオプションなどの株式報酬により数億円~数十億円のアップサイドを夢見て、転職を決断されるケースも多いかと思います。実際にはそうしたアップサイドを享受することは確率として低いものの、非常に夢のある話であることは間違いなく、是非とも読者の皆様にもチャレンジして頂きたい一方で、数年後に後悔することのないように、入社時にしっかりとインセンティブ設計については話し合って頂きたいと思います。
― 1. 投資家の属性
正直なところ、事業が厳しい局面で投資先に寄り添わないキャピタリストもいるという噂は、よく業界に回ってきます。特にアーリーの投資家とは長い付き合いとなり、投資後にずっと良いことばかり続くことは稀であることから、信頼の置ける投資家を見つけていく必要があります。
②事業会社・CVC
特にスタートアップにおいては、知名度や信用力の不足も含めた営業力の不足により、事業成長が頭打ちとなるケースも多いです。特にそうしたケースでは、大手の事業会社を株主として迎え、営業力を強化することで、シナジーを発揮するケースが見受けられます。
また別の回でも詳細は説明しますが、事業会社の傘下にいったん入り、その後IPOを目指す「スイングバイIPO」の事例も最近では増えてきています。
③クロスオーバー投資家(機関投資家)
特に2021年末のSaaSバブルが弾ける前においては、通常は上場株に投資する機関投資家が、未上場のスタートアップ(主にレイターステージ)に投資する事例が数多くありました。SaaSバブルが弾けた後も、引き続き継続している投資家も存在し、例えば香港の投資家であるKeyrockはニーリーやゼロボード、大型IPOで話題になったタイミーなどにも出資しています。
クロスオーバー投資家を迎えるメリットとしては、上場前後において、追加出資も含めた長期的なコミットをしてもらえる可能性があります。通常、IPO時にVCは持ち分の大半を売却するケースが多いが、クロスオーバー投資家の場合は、上場後もそのまま株式を持ち続けることも期待できます。
それ以外のメリットとして、著名なクロスオーバー投資家に投資してもらえたこと自体が対外的なアピール材料になる、といったことが挙げられます。
④PEファンド
PEファンドは原理原則として、投資先の過半数の持ち分を保有することが通常でありますが、グロース投資の一環で、マイノリティ出資するケースもあります。直近の事例としては、KKRによるSmartHRへの出資です。少し前の事例でいうと、同じくKKRによるDataXへの出資やカーライルによるSpiberへの出資などがあります。
またスタートアップに過半数の出資を行う事例が出始めており、直近でいうとEQTによるHRブレインへの出資、Potentia・J-STARによるjinjerへの出資、ポラリスによるストックマークへの出資などが挙げられます。
PEファンドから出資を受けるメリットは、特に過半数の出資を受けるケースにおいて、ハンズオンで支援を受けられ、PEファンドが持つ様々なリソース(資金調達や人材ネットワークなど)を活用することができることです。また、株主が分散しているのに比べて、株主を集約することで、スピーディに意思決定を行っていくことも可能となります。
一方でデメリットとしては、過半数の出資を受けた場合は、PEファンドの影響力が強くなり、創業者の一存で物事を全て決めていくことは基本的にできなくなります。事業の方針やIPOを含めた資本政策の方針でコンフリクトが発生するケースもあることから、投資前においては株主間契約で経営方針や意思決定の方法については事前に握っていく必要があるのと、投資後においては良好なリレーション作りに努める必要があります。
IPOは依然としてスタートアップにとって有力な資本政策の1つであります。IPOに向けては2~3年程度、あるいはそれ以上の準備期間が必要であり、社内外の関係者をチームアップしながら、数々の困難に向き合いながら実現していく、一大プロジェクトであることに間違いありません。上場準備そのものは、スタートアップであろうがなかろうが、大きくやることは変わらないものの、準備を進めていくうえで取り巻く環境やリソースは、スタートアップとそれ以外で異なる側面もあるため、特にスタートアップがIPOを目指していくうえで留意すべき事項について、今回は触れていきたいと思います。
― 2. 上場準備上の主要な論点
予算に対して、実績がどれだけ差異があるかについては、審査期間中にしっかりとモニタリングされます。基本的には、上振れすぎても下振れすぎても、指摘を受けるが、そうは言っても下振れの方が問題視されることから、基本的には売上は保守的に、コストも若干のバッファを持ちながら、予算を策定しておくべきであります。とはいえ、あまりにも保守的すぎると、バリュエーションの水準にも影響を与えるため、ここは両睨みのバランスで最終的な水準を決定していく必要があります。
また特に赤字上場を目指す場合には、黒字化の蓋然性について、可能な限り定量的に示していく必要があることから、予算のロジックや根拠となる各種数字について、より厳しく審査で見られます。ここはアートとサイエンスの世界ではあるが、いかに目指したい水準感とロジックをうまく組み合わせていけるかが、CFOの腕の見せ所になります。
③ 労務管理
勤怠管理(36協定の違反有無)、未払い残業の有無は、特に上場審査で見られるポイントとなります。よく聞く話としては、親会社はしっかりと対応できていたものの、子会社で重大な違反があるということが、審査のプロセスで判明することも少なくないので、子会社も含めてできるだけ現場への浸透に時間をかけながら行っていく必要があります。
④ M&Aを直前に実施した場合
上場審査中にM&Aを実施し、特に子会社化した場合にはその子会社の内部管理体制についても審査対象になるのと、業績にどういった影響を与えるのかについても精査する必要があることから、対象会社の事業規模やM&Aストラクチャーにもよりますが、上場審査プロセスの長期化も含めて、一定の影響を与える可能性があります。
M&Aを行う際には、主幹事証券会社と密に連携を取って、上場審査プロセスへの影響を極力少なくする方法を検討すべきですが、1つのやり方として、株式譲渡ではなく、事業譲渡によって対象事業を買収することも一案であります。それにより子会社管理体制の論点を1つ消すことができ、かつ、株式譲渡と比して買収後のリスクを低減することも可能であることから、事業譲渡でも対応可能なケースにおいては選択肢の1つとして頭の片隅に入れておいたほうがよいと思われます。
※参考:経済産業省「スタートアップのM&Aに関する調査」(2024年6月24日)
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/r5reportforstartupgrowth/r5reportforstartupgrowth_MA.pdf
― 3. IPOのストラクチャー
②親引け・IOI
③投資家とのコミュニケーション(インフォメーションミーティング、ロードショー)
東証の上場承認がおりローンチした後に、IPOのプロセスを取りやめるケースが年に数件発生しています。基本的にはロードショーを通じて、バリュエーションの目線が合わないことから取りやめるケースが多いという認識ではあるものの、少なからず東証への通報(いわゆるタレコミ)があり、そちらの重要度が高く、確認に時間を要するような事象である場合には、IPOを延期するという判断となるケースも散見されます。
こうした形でIPOを延期する事態を避けるために、事前に通報される可能性のある事象を洗い出し(元従業員や競合企業、取引先とのトラブル etc.)、それぞれの事象が問題ない旨の書面を弁護士事務所から一筆を入れてもらったうえで、証券会社や東証に事前に説明し、サプライズにならないように工夫をしている企業もあるようです。
従前より、上場したメガベンチャーの成長戦略として、M&Aを活用していく事例は多々ありましたが、最近では未上場のスタートアップ企業でも、M&Aを活用する事例が増加しています。その背景には、スタートアップの資金調達環境が厳しい、かつ、単独での成長に限界を感じているスタートアップが増えていることも一因にあると考えられます。今回は、スタートアップをM&Aしていくうえでの、ソーシングからエグゼキューションのプロセス、その後のPMIプロセスなどについて、説明していきたいと思います。
2の組織ケイパビリティについては、「アクハイアリング」とも呼ばれる人材の獲得や、ネットワークやノウハウの獲得を主目的としたM&Aであり、freeeがフィリピンの開発会社を買収した事例があります。その他変わり種としては、shippio(貿易業務のクラウドサービス)が通関業のライセンス獲得を目的として老舗の通関業者の買収を行うといった事例もあります。
― 2. ソーシング
M&Aのソーシングを行っていくうえでは、以下のようなルートがあります。
特に銀行はスタートアップ各社と何かしらの接点を持っているケースが多いため、アプローチできる範囲が非常に広いことにメリットがあります。留意すべきポイントとしては、銀行員の方々も大変忙しく、あらゆるスタートアップから候補先を紹介して欲しいと依頼されているため、うまく進めないと後回しにされ、なかなか紹介してもらえないといった事態も発生します。
そのため、下記のような工夫をしていくことが重要となります。
1.ターゲット先はできるだけ明確に
2.定期的にコミュニケーションを取る
3.M&Aの実現可能性が高いと印象付ける
こういった工夫をしていきながら、win-winの関係性を構築し、円滑なソーシングを実現する必要があります。
③ VCなどの株主
大半のVCはホームページ上で、投資先を掲載していることから、VC経由でターゲット先にアプローチすることが可能であります。最大のメリットは、VC経由で鮮度の高い情報を入手できることと、ターゲット先のライトパーソンにコンタクトすることが可能であることが挙げられます。また、M&A仲介会社などと異なり、仲介手数料のコストも発生しないため、スタートアップをM&Aするのであれば、最も有力な選択肢となります。
④ 直接アプローチ
特にスタートアップの経営者であれば、何かしらSNSなどのアカウントがあることが大半であり、SNS経由で直接連絡を取ることも考えられます。非常に効果的なやり方ではあるものの、資本政策はそもそもが極めてセンシティブなトピックであり、M&A(買収)ありきでコミュニケーションを取ると、場合によっては相手が引いてしまうこともありえるため、アプローチの仕方については十分にケアしていく必要があります。
― 3. デュー・デリジェンス(DD)
スタートアップの買収においては、評価額の目線が売り主と買い主で大きく乖離するケースが少なくありません。これを解決するための手段として、「アーンアウト」(支払対価を業績等に応じて分割して支払う取引契約)を契約に盛り込むことも一案になります。今後の業績に自信のある創業者及び経営陣にとっては、アップサイドも狙えるため、ケースバイケースではありますが比較的受け入れやすいものになります。また買い手としても、経営陣のリテンションにも繋がるため、積極的に取り入れたいものと思われます。一方で、VCを中心とした他株主が多数いる場合においては、自分たちの影響力がより小さくなる可能性がある中で、業績連動型の分割支払になることを合意形成していくのは一定のハードルになることから、綿密なコミュニケーションが求められます。
ストラクチャーについては、「第3回:IPO準備と管理体制の構築、IPOストラクチャー」にも記載した通り、株式譲渡だけでなく、事業譲渡などのストラクチャーについても考慮すべきであります。通常、事業譲渡はリスクヘッジの観点では有用であるものの、手続きの煩雑さがデメリットでありますが、サイズの小さいスタートアップを買収する場合には、手続きの煩雑さがそこまで大きくないのと、特に管理体制が脆弱である場合には、コーポレートリスクを遮断する観点でも、取りうる選択肢となります。背景は分かりませんが、SmartHRは事業譲渡によりメタップスクラウドをM&Aしている事例もあります。
逆に、PMIプロセスにも密接に関連しますが、別法人にしておいた方がいいケースも考えられます。特に企業カルチャーや報酬体系が大きく異なっているようなケースにおいては、別法人として分けて経営をした方が得策である場合もあります。
― 5. PMI
最も重要かつ難易度が高いのが、PMI(Post Merger Integration)のプロセスになります。特に人材が最大の資産であるスタートアップのM&Aにおいては、経営陣や従業員のリテンションをどのように高めていくのかについては、買収ストラクチャーの検討も含めて、最重要論点と言えます。前述の通り、別法人にするのか、完全に同一法人として統合するのか、インセンティブ設計をどのように行うのか、役員派遣も含めてガバナンス体制をどのように行うのか、それ以外にも、従業員の働き方(出社メイン vs リモートメイン)などといった細かい点においても、十分に配慮していく必要があります。
PMIの一環で、企業カルチャーを無理やり合わせに行こうとする事例も散見されますが、カルチャーの統合は目的ではなくあくまでも手段であり、全ての事例においてカルチャーを合わせにいくことが最適であるとは限りません。特にスタートアップにおいては、双方ともに創業オーナーのもとで強烈なカルチャーを構築しているケースも多く、それを合わせにいくこと自体に無理があります。カルチャーに違いがあるのは当然のものとして受け入れ、人材交流などを通じて、お互いにリスペクトを持ちながら、双方のやり方を学ぶ姿勢を持つことで、PMIプロセスを円滑に進めることができます。
なお、こうしたPMIに関する各種戦略や施策については、投資前のタイミングで、できるだけ細かく双方で合意しておくことが重要になります。実際にはディールをやっている最中は、評価額や契約内容の交渉など、様々な利害関係が入り混じり、本音で会話することは難しいものではありますが、投資後の長い付き合いを考えると、このタイミングでできる限り腹を割って会話し、信頼関係を構築することが、その後の円滑な事業運営と企業価値の最大化に繋がっていきます。